桜咲く、桜桃散る
3月に入って数日、ゴミ奉行様ことイチカワ邸の中庭の桜が満開になっていた。
このところ少し暖かい日が続いていたとはいえ、今年はいつもより早い。
花下で宴会が出来る程立派なこの桜は、毎年ソメイヨシノが開花する頃には葉桜に変わっている。
陽当たりの良さの影響か?種類が違うのだろうか。
長年の疑問が解消される機会は案外早く訪れた。
"あの桜、毎年早いですね。早咲きの種類ですか?"
庭の隅で草取りをしているゴミ奉行様に声をかけると
"ああ、あれは桜桃(さくらんぼ)だからね"
草を毟(むし)りながら顔を上げるとそう言った。
"でも、美味しく無いんだよね"
苦笑いを浮かべながら、イチカワ邸において、桜桃の木がさほど歓迎されていない事実を語ってくれた。
花の数だけ実を付ける大量の桜桃は甘みが無いため収穫しないでそのまま放って置くのだそうた。
完熟期にはよく知った鳥が大挙してくると言う。
"じゃあ、ジャムを作るから分けてください"
ずっと桜だと思っていた木が桜じゃなかった事には驚いたが、予想外のさくらんぼ狩ができそうだ。
5月になるのを心待ちにしよう。
桜の開花が例年と比べて早いとか遅いとか極めて平和なニュースがお茶の間に流れる。
日本人は花見が好きだ。
城が有名なこの地でも、お堀と城壁を彩る見事な桜並木がたくさんの人を楽しませてくれる。
花見文化は元々質素倹約を奨励された江戸時代の鬱憤(うっぷん)晴らしであるとか、お堀を固める目的で庶民に地ならしさせる為とか言われてるらしい。
どちらにしても当時の公共事業は粋な計らいをしたものだ。その恩恵を今でも享受出来るのだから。
昨今、その息抜きさえ儘(まま)ならぬ 生き苦しさを強いられている。
枝先が赤くなり、花芽が膨らみ始める。
気の早い蕾が、先を競う様に花を咲かせると
桜は一気に目覚めていく。
春が来た。
新しい一年は、元旦よりも寧(むし)ろ
この季節の桜によって実感させられる。
柔らかな花の香りを含んだ風が
過去の記憶の複雑な気持ちやこれから訪れる未来の希望をくすぐってくる。
咲き始めてから散るまで、生まれてから死ぬまで…
桜は時間を視覚化する。
やりたい事は?
大切な人は?
桜ほど、プレッシャーをかけてくる花はない。
何となく過ぎてしまう日常に
桜の花びらがヒラヒラと宙を踊り、舞う…
約束を果たせなかった友人も桜の丘で眠っている。